- 【研究紹介の前に知りたい!】紙・パルプ・セルロースナノファイバーって一体なに?
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試しに、そこらへんにある紙をいろんな方向に手で破ったり、はさみで切ったりしてみてください。力の加え方によって紙の強さに違いはありましたか? また、破れたところの断面はどうなっていますか?
紙の構成要素の最小単位はセルロース分子(β-グルコース分子がグリコシド結合により直鎖状に重合した多糖) です。セルロース分子が水素結合によって18本整列して集まると、セルロースミクロフィブリルができます。
さらに、セルロースミクロフィブリルが連続的に傾きを変えながら同心円状に層をなして集まったものがパルプ繊維です。(細胞壁1つがパルプ繊維1本に対応しており、ヘミセルロースやリグニンといった高分子がセルロース繊維間の隙間を埋めて細胞壁を構成しています。「化学パルプ」という種類のパルプは、細胞壁からセルロース以外の成分を除去して作られます。)
ちなみに、セルロースミクロフィブリルとパルプ繊維のサイズには数千倍のスケール差があります。前者の幅が約3 nm、後者の幅が約30 µm (=30、000 nm)です。これは、前者が1 cmなら、後者は100 m !!という感覚です。
下の図が紙の階層構造のイメージ図です。
紙はパルプ繊維が積み重なることで作られます。「ただ積み重なるだけでこんなに強くなるわけないじゃん!」と思いますよね。実は、繊維と繊維の間には結合が作られます。そのうちの一種がセルロースの水酸基によって形成される水素結合です。
では、繊維間結合はどのように形成されるのでしょうか。ポイントは水です。
手すき紙を作る場面をイメージしてください。パルプを水と混ぜてどろどろになった懸濁液を網目の型に入れました。水が網目から徐々に抜けていき、その後は乾燥させますね。水には、水分子同士を引き寄せる表面張力があります。
乾燥の際に、繊維同士がその間に存在する水の表面張力によって引き寄せられます。すると、繊維間に水素結合が生じます。この水素結合をはじめとする繊維同士のつながりによって、紙としての強度が生まれます。また、できた紙を水に漬けると、繊維間の結合が再び切れて、パルプ繊維が水中でばらばらになります。紙のリサイクルはこの原理により成り立っており、リサイクルによって再びパルプ繊維を利用することができます。
ただし、なかには、水に漬けるだけでは切れないほど、繊維間の結合が強い部分も存在します。
それによる紙の構造変化や他のさまざまな要因によって、リサイクルパルプからなる古紙はリサイクル前の紙と比べて性質が異なります。次に、セルロースナノファイバー(CNF)とはなんでしょうか。
CNFは繊維の長さ方向が100 nm以下のセルロース繊維を指します。(ちなみに可視光の波長は380 nm~780 nmです。)パルプに解繊(かいせん)処理を施すことで、このようなきわめて小さな微細繊維を生成することができます。
CNFは、ナノレベルに小さいこと、比表面積が大きいこと、配向性が高いことなどを生かして様々な効果を発揮します。
ここには書ききれないほどの効果があるため、検索してみてください。幅広い分野に使われていて、きっと驚くと思います。本研究室でもCNFの特徴を生かした研究を行っています。ここまで紙・パルプ・セルロースナノファイバーの構造について説明してきましたが、基本構造や形成原理は分かっていないことがまだまだあります。よって、基礎研究を行い、これらを明らかにしていく必要があります。
- 環境や資源とどう関係するの?
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ポイントは「モノの循環」
あなたの着ている服、飲んでいるペットボトル、使っているノートはどこから来て、どこへ行くのでしょう。このようなモノの循環を考えてみると、どれも
というライフサイクルをたどっていることが見えてきます。また、この過程では、資源・エネルギーの投入、汚染物質・マイクロプラスチック・埋め立て廃棄物などの排出が発生します。
ここで、紙とプラスチックの特徴を比較してみます。
紙- 再生可能な木質資源が原料
- 比較的省エネルギープロセスで製造可能
- 単純な成分からなる
- リサイクル可能(再生紙や紙を原料とする再生品)
- 自然界に存在していたときと分子構造が変わらない
プラスチック- 枯渇性資源の石油が原料
- 製造・加工に比較的大きいエネルギーを必要とする
- 添加剤(環境ホルモンとして作用する化学物質や重金属)を加える
- リサイクル可能(サーマルリサイクルが主)
- 自然界にはない分子構造
これらの特徴から、両者が歩むライフサイクルの違い、地球環境への調和性を想像してみてください。
プラスチックは、使用する消費者からすると、軽くて強い・耐水性がある・分解しにくいなど、魅力で溢れています。一方で、ライフサイクル全体を通して見てみると、環境への負荷が大きいことが分かります。
では、もしプラスチックに求められる性能を「紙」で実現できたらどうでしょうか。
このような環境調和型材料への代替ができれば、予防の原則により、ライフサイクルを通した環境負荷の低減が可能になりますね!本研究室では、プラスチックや添加剤を紙に混合するのではなく、紙の潜在的な能力を引き出すことで紙の性能向上を実現したいと考え、研究を行っています。
(プラスチックの環境影響評価に関する研究は、高田先生・水川先生の研究室ページをご覧ください。 )
上記のような紙の「材料としての魅力」を最大限引き出すために、以下の研究を行っています。
乾燥過程で紙を立体成形する
卵パックを作るときのような成形型を必要とせずに、濡れたときの紙の構造を制御することで、乾燥中に任意の型に自動成形する技術開発をしています。
サイズが異なる繊維の収縮率が異なることを利用して、乾燥中の屈曲をコントロールしようと取り組んでいます。そのため、乾燥挙動についても研究を進めており、どのように水が蒸発していくのかなども調べています。

ナノスケール構造が紙の物性に及ぼす影響を探る
セルロースナノファイバーをモデル物質として、ナノスケールでの構造変化が紙の物性や構造に及ぼす影響の基礎的な検討をしています。 これまでセルロースナノファイバーを紙に添加することで、紙の強度が向上すると明らかになっています。
そこで、サイズや種類が異なるセルロースナノファイバーを添加し、どのようなメカニズムで紙の物性向上に寄与しているのかを調べています。


アルミニウムに匹敵する板紙を作る
曲げ剛性がアルミニウム板に匹敵するレベルの多層板紙の作製に取り組んでいます。アルミニウムよりも軽く、強い材料を目指して、作製条件の検討を行っています。
当研究室は、農工大学TAMAGOプロジェクトの紙ロボチームのメンバーです(詳しくはこちら https://www.rd.tuat.ac.jp/activities/tamago2020.html#kamilobo)

リサイクルパルプ繊維からセルロースナノファイバー(CNF)を作る
日本では多くの紙がリサイクルされ、古紙として利用されています。しかし、リサイクルするとパルプ品質が低下することが分かっています。そこでリサイクルパルプ繊維からCNFを調製し、そのCNFの性質が、リサイクルしていないパルプ繊維から調製されたCNFと異なるのか調べています。

紙や木質バイオマス材料の耐水性と、環境分解性を両立した材料を作る
紙や木質バイオマスを耐水化させるために、様々な添加剤を用いられています。基本的に紙は生分解性があると考えられていますが、添加剤の有無による分解性の影響は不明です。
そのため、添加剤によって耐水性が向上した紙材料が、土壌や環境水中でどのように分解されるか調べています。環境資源科学科の色々な先生方にも協力して頂いて研究を進めています。


劣化した紙を微細な繊維で強化する
セルロースナノファイバーを劣化した紙に塗工することで、劣化紙の強化ができないか検討しています。セルロースナノファイバーで塗工することで、判読性を保ちつつ、強度を向上させることが可能となっています。
これまでに、当研究室とメーカーと共同でセルロースナノファイバーを劣化紙の両面塗工できる装置を開発してきました。 より高い強化効果を得るために、セルロースナノファイバーの条件について検討を行っています。

パルプ繊維からセルロースナノファイバーに至る微細化の過程を把握する
セルロースナノファイバー(CNF)は紙を構成するパルプ繊維を微細化することで調製可能です。そこで、パルプ繊維からセルロースナノファイバーになる過程でどのように繊維が崩壊し、繊維がどのように分布しているのかを知ることで、CNFの利用に繋がると考えています。また、CNFは乾燥などによって凝集するとされています。
そのため、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、広い範囲の観察像を撮影し、凝集状態から一本のナノ繊維の繊維形態やサイズ分布まで把握したいと考えています。

バクテリアが作ったセルロースナノファイバーで新規材料を作る
新規に開発されたナノフィブリル化バクテリアセルロースを使ったシート材料の開発をしています。新規材料であるため、最適な作製方法の検討を行っています。バクテリアセルロースの繊維ですが、シートを作製する過程は基本的には紙と同じで、脱水と乾燥を行うことで作製されます。そのため、脱水・乾燥過程を工夫することで、より高い物性をもつシート材料を実現できないか検討を行っています。

